大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和47年(オ)723号 判決

上告人

松坂秀熙

右訴訟代理人

菅井俊明

外一名

被上告人

鶴来信用金庫

右代表者

三国一次

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人菅井俊明、同塩谷脩の上告理由第一点について

抵当権実行のためにする競売法による競売は、被担保債権に基づく強力な権利実行手段であるから、時効中断の事由として差押と同等の効力を有すると解すべきことは、判例(大審院大正九年(オ)第一〇九号同年六月二九日判決・民録二六輯九四九頁、同昭和一三年(ク)第二一九号同年六月二七日決定・民集一七巻一四号一三二四頁)の趣旨とするところである。そして、差押による時効中断の効果は、原則として中断行為の当事者及びその承継人に対してのみ及ぶものであることは、民法一四八条の定めるところであるが、他人の債務のために自己所有の不動産につき抵当権を設定した物上保証人に対する競売の申立は、被担保債権の満足のための強力な権利実行行為であり、時効中断の効果を生ずべき事由としては、債務者本人に対する差押と対比して、彼比差等を設けるべき実質上の理由はない。民法一五五条は、右のような場合について、同法一四八条の前記の原則を修正し、時効中断の効果が当該中断行為の当事者及びその承継人以外で時効の利益を受ける者にも及ぶべきことを定めるとともに、これにより右のような時効の利益を受ける者が中断行為により不測の不利益を蒙ることのないよう、その者に対する通知を要することとし、もつて債権者と債務者との間の利益の調和を図つた趣旨の規定であると解することができる。

したがつて、債権者より物上保証人に対し、その被担保債権の実行として任意競売の申立がされ、競売裁判所がその競売開始決定をしたうえ、競売手続の利害関係人である債務者に対する告知方法として同決定正本を当該債務者に送達し場合には、債務者は、民法一五五条により、当該被担保債権の消滅時効の中断の効果を受けると解するのが相当である。同条所定の差押等を受ける者の範囲を所論の如く限定しなければならない理由はなく(所論引用の当裁判所昭和三九年(オ)第五二三号、第五二四号同四二年一〇月二七日第二小法廷判決・民集二一巻八号二一一〇頁及び昭和四一年(オ)第七七号同四三年九月二六日第一小法廷判決・民集二二巻九号二〇〇二頁各判例は、同条にいわゆる「時効ノ利益ヲ受クル者」の範囲について判示したものではない。)、また、競売裁判所による前記の競売開始決定の送達は債務者に対する同条所定の通知として十分であり、右通知が所論の如く債権者から発せられねばならないと解すべき理由も見出し難い。これと同趣旨の原審の判断は正当であり、所論はこれと異なる独自の見解に基づいて原判決を非難するものであつて、論旨は採用することができない。

同第二点について

所論の点に関する原審の判断は正当であり、その過程に所論の違法はなく、原判決に所論の法令違背のあることを前提とする所論違憲の主張もまた理由がない。論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判宮全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(大塚喜一郎 岡原昌男 吉田豊 本林譲)

上告代理人菅井俊明、同塩谷脩の上告理由

第一点 原判決は民法第一五五条の適用につき、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。

一、民法一五五条の適用上の違背

原判決は第一審判決を引用して、被担保債権の消滅時効は中断によつて完成していないと認定し、民法一五五条を本件の物上保証人の場合にも適用しているのであるが、民法一五五条は第三者が占有ないし所持している債務者所有財産について差押があつた場合に例外的に適用されるのであつて、本件のごとく物上保証人が差押(抵当権の実行による競売手続)を受けた場合にはその適用はないといわねばならない。

1 民法一五五条は差押は時効の利益を受くる者に対してこれを為さざるときはとあり、時効受益者以外のものに対してなした差押の場合に適用されるのであること文理上から明らかである近時最高裁判所は物上保証人についても消滅時効の援用権者に含まれると従前の判例を変更した(昭和四二年一〇月二七日、昭和四三年九月二六日の各判決)。最高裁の右判例は時効の援用権者は時効によつて直接に利益を受ける者に限るという従来の立場を維持しつゝ直接に利益を受ける者に物上保証人を包含したものと説明されているところであるが、物上保証人を時効の利益を直接受ける受益者であるとした以上、民法一五五条は時効受益者以外のものになした差押等の場合に適用になり、直接時効の利益を受ける物上保証人に対する差押の場合は適用ないものといわざるを得ない。

2 時効制度は永続した事実状態を尊重すると共に、権利の上に眠れる者を保護しないという要請、時効の援用については時効の利益を受けるかどうかを当事者の意思にまかし、その結果、民法一四八条は時効中断の効果は当事者およびその承継人に限るという相対効の原則をとつている。この人的相対効の原則は、事実状態を尊重するという時効制度本来の目的からも又採証上の困難という要請からも厳格に解釈されるべきであり、物上保証人の如き、時効中断が問題となる当の債務者以外の者を法律上の当事者として差押がなされた場合に、一片の通知をもつて当の債務者についても中断の効果を生ぜしめることは、中断の人的相対効の原則を逸脱するものといわなければならない。民法一五五条は、同法一四八条の原則規定に対する例外規定であり、例外規定は厳格に解釈されなければならないのはいうまでもないことであろう。民法一五五条を物上保証人に対する差押の場合にも適用されるとすれば、差押だけに限つて通知をもつて法定中断理由とする合理的根拠はなく、物上保証人に対して訴訟を提起したり、物上保証人が承認をした場合にも、その事実を主たる債務者に通知すれば差押と同様中断するとしなければ法体系上の一貫性がとれない。これを逆にみれば、物上保証人に対する訴訟提起、承認は主たる債務者に通知しても中断するという規定がなく、これらの場合中断しないものである以上同じ法定中断事由である差押の場合も同様で、民法一五五条は物上保証人に対する差押の場合は適用がないものと解釈されなければならない。

二、民法一五五条の規定の通知について法令の解釈を誤つた違背

仮りに原判決の如く物上保証人に対する差押の場合に民法一五五条が適用になると解釈されても、同条にいう通知は、競売裁判所のなす通知(競売開始決定の送達)を含むと解釈した原判決は解釈を誤つたもので、右通知は債権者がなさなければならず、第三者がなしても中断の効果は生じないと解すべきである。

1 時効を援用するかしないかは当事者の意思に委ねると共に、時効制度は採証上の困難からも永続した事実状態を尊重する制度であるから、これを打破する中断事由においても、権利者の権利主張は明瞭確実な意思形態を必要するべく、従つて、一五五条にいう通知も権利者自らの意思に基く通知にとめるべきであり、通知の主体を債権者と解すべきである。

2 元来競売法には競売開始決定を当事者に告知することに規定はないが、理論上民訴法六四四条を準用し、これを受けるものに送達すべきであり(大決昭和二年四月二日民集六巻一四七頁)としているが、債務者については競売期日の通知を要するが、開始決定の送達は必要でないとしている(大決昭和一二年六月一二日民集一六巻七八六頁)。従つて競売裁判所は競売開始決定を債務者に対して送達すべき法律上の義務はなく、たとえ、裁判所が職権により債務者に対して開始決定の送達をなしたからといつても第三者たる裁判所の任意の通知にとどまるものであつて、これを債権者からの通知と同一視し、その効果に差がないとした原判決は前述の時効制度の本質に反するばかりでなく、競売裁判所は債務者に対する競売開始決定の送達は何ら義務づけられておらず、債権者の意思にかゝわりなく裁判所の裁量によつて為したり為されなかつたりするのであり、このような他人の気まぐれな行為によつて中断の効果をかゝわらしめるべきでない。

3 競売裁判所は競売開始決定の送達を義務づけられておらない以上、第三者と同様であり、第三者が債権者から物上保証人に対して差押があつたことを主たる債務者に通知しても中断するとしなければならなく、同様に物上保証人が債務者に差押のあつたことを通知しても先順位又は後順位の他の抵当権者が通知しても、更に債務者自ら物上保証人に対して差押のあつたことを知つた場合にも時効は中断されることになり前記の時効制度に反することになること明らかである。

4 原判決は「一五五条の通知は債権者、競売裁判所のいずれからなされようとその効果には差がないから(要は時効受益者の競売手続の開始されたことを知らされる利益が充足されれば足りるからである)。」と判示しているのであるが、これは通知の主体を第三者でもよいという趣旨か、競売裁判所の通知に限つて、債権者からの通知と同一視すべきであるという趣旨か判然としないが、後者の趣旨であるとしても、時効制度の本質から要請される民法一四五条の裁判所は当事者が時効を援用しなければ、裁判してはならないという時効制度の当事者主義の法意に反する。又原判決の論理を発展すれば、同一債務者の物上保証人に対して先順位抵当者が競売を申立て、裁判所が競売開始決定を債務者に送達すれば、後順位抵当権者の被担保債権も中断するということになる。原判決がその理由としている債務者が競売手続の開始されたことを知らされる利益が充足されれば足りるというものではない。〈以下略〉

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